霧崎流娜の沼津漫遊記

知里弥生の無気力日和

※この話は一部フィクションです。

 空模様は上々。気温は程よく過ごしやすい。この気温が程よいと言うのは重要で、年がら年中和服を着ている私にはとてもとても影響が大きい。特に寒い場合には上着を羽織らなければならない。
「上着があると思い切り動けないもんねー」
 大きく欠伸をした。その動作に反応してか、目の前のタクシーの扉が開く。はうぁ、と間抜けな声が出たがそれはそれ。見知らぬ土地であることだし、ここはそのまま流れに乗ろうではないか。
「護くーん、はよこーい。置いてくよー」
 後方を見やると、そこにはいかにも気怠そうな雰囲気の男が居た。しかし、私には分かる、分かるぞ。彼は今意気揚々としていると。だらりと降りている肩はリラックスしてる証だし、やや睨むような目付きは決意の表れだ。普通の人間からしてみれば不機嫌極まりない風貌だが、長年連れ添ってきた私には、それは臨戦態勢であることがひしひしと感じられた。
 勿論、私もそうであった。これほど待ち焦がれた日は無い。
「行先は?」
 やや困惑した声色でタクシーの運転手は言った。それはそうだろう。私は和服だ。お気に入りの若草色の着物である。更には左目を眼帯で覆っている。これはかなり昔の事故が原因であるが、これが縁で隣にいる男と付き合っているので別に嫌な思い出ではない。髪の毛は自分で言うのも何だが手入れを全然していない。あちこち跳ねている。お姉ちゃんに毎度注意されるが聴く耳を持つ気は無い。
 何にせよ奇異の目で見られるのは当然の結果であり、私はそれに慣れていた。なのでいつも通りに、元気よく対応をする。
「沼津港深海水族館までお願いしまーす! 最短で!」
 こうして、私霧崎流娜(きりさきるな)と木見護(こうみまもる)の小旅行が始まるのであった。

 沼津港深海水族館は、静岡県沼津市に存在する水族館である。沼津駅からタクシーで10分程の沼津港にある水族館だ。漁港の中にあり、規模はかなり小さい。
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「おぉ、意外とちまっこいんだね」
「規模はかなり小さい。だが深海生物メインの水族館はここが世界唯一だ」
 そうなのである。護が言うように、この水族館は世界でただ一つの深海生物専門水族館なのである。
 深海をメインにしている水族館が少ない理由にはいくつかある。
 まず第一に、深海生物自体がよく分かっていないのだ。深海生物は生態系が未だ判明していないものも多く、飼育するにしても様々な障害が発生する。水圧は問題無いか、餌はどうするのか、エトセトラ。何も分からないので手探りで探すしかない。上手く飼育できずに死んでしまうものも多いと聞く。
 そして第二に、深海生物の入手が難しい事。深海から引き上げなければならない上に、デリケートなものが多い。長距離運搬はかなり厳しいと聞く。ではなぜこの水族館は可能かといえば、目の前の駿河湾にある。ここはわずか数キロ先が水深数百メートルもの深海、最深部では二千五百メートルもあるのだとか。
「すごいよねぇ」
 ふと漏らしてみるも返事は無い。当然なので気にはしない。
「行こっか。あ、お金忘れた」
「流娜の財布はある。行くぞ」
「さっすが護君。よしれっつらごー」

 水族館の中はやはり外見通りの小ささだった。しかしそこは何も問題ではない。そう、私達はモデルルームに来ている訳では無いのだ。水族館なのだ。大水槽は無くとも、そこには神秘の生物たちが居る。それを凝視しては、動くのを見て大いに感心すれば良いだけなのである。
 入館時間に来たのに中は少々混み合っていた。やはり人気なのだ。人気コンテンツには人間群がるのだ。いや、人間が群がるから人気コンテンツなのか? いやいやそんな事はこの際どうでも良い。
「一週目はざっと目星を付ける。おっけー?」
 無言で頷く我がパートナー。良いよ良いよ、いつもの護君だネ。
 まずはさらりと、列の流れに沿いながら回ってみた。

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「あ、テズルモズル!」
「ふむ」
 見たかった生物の1つが早速見つかった。少々興奮が抑えられない。こんな意味の分からない生物に興味を示す等普通の人間からしたら「は? 頭おかしい」とか思われるかもしれないが、私にとっては昔から追い求めていたものなのである。
「いつだっけか、小学校の時に本で読んだんだよねぇ」
「何の本だ」
「んー、なんだっけか。『やわらかいあたま』だっけ? 良く憶えてないー」
 知っている方は是非教えて欲しい。是非とも。

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「グソクムシ」
「バシノモス」
「可愛いねぇ」
 ニューカレドニアの深海に棲むグソクムシの仲間である。私の好きなダイオウグソクちゃんの子分的な感じだ。これが水槽にいっぱいである。
「ほえー、こう見ると可愛いけど、もし部屋に湧いたらびっくりするね」
「部屋が深海になれば有り得る」
「何それ超憧れる!」
 何度でも言うが私は変人である、えへん。

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「でかっ!?」
「タカアシガニか」
 大変に驚いた。凸レンズ状の水槽窓から覘いたので尋常じゃなく大きく見えた。二メートルくらい? とにかく大きく見えた。いや実際にも一メートルくらいはあるから大きいんだけど。
「お味噌汁に入れたら美味しそうだねぇ」
「ユメカサゴも入れるか」
「深海味噌汁!! どっかで食べれないかなー」
「後で回る」
 おっと、涎が。はしたないはしたない。

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 そして大王だ。なんともまぁ大きい。
「わぁあああああああ、グソクちゃん! グソクちゃああああん!」
「五月蠅い」
「ごめんなさい」
 いけないいけない、思わずテンションが上がってしまった。
 ダイオウグソクムシである。一時期ブームにも発展したグソクちゃんである。何年も餌を食べないでも生きていけるという凄まじい生命体、もうなんか良いよね……。
 なおこのダンゴ虫、逃げる時には泳ぐらしい。しかも背泳ぎ。背泳ぎ……その意外性、イイね。
「グソクちゃんの人形欲しいなー。でもお金無いなぁ」
「諦めろ」
「ねぇ、護君……買って♡」
「断る」
「おぉう、流石のドライっぷり。まぁ荷物にもなるしねぇ。また今度かな!」
 グソクちゃんに全力で手を振り、私はその場を後にした。彼らは一切動かなかったが、それがまたらしくて良かった。もし背泳ぎで追いかけられたら割と恐怖だったかもしれない。

 さてここからは色々鑑賞した。深海のアイドルメンダコちゃんに、深海のカサゴであるユメカサゴ、他にもチョウチンアンコウやリュウグウノツカイ(子ども、ちっちゃい!)にオウムガイ、イソギンチャクやらえとせとらえとせとらー。
 大変奇妙極まりない生物の数々に心拍数が増大している。思わず跳ね回ってしまいそうだが、ここはぐっと我慢だ。
「うへへぇ……あふぅ」
「気持ち悪い」
「おうふ、流石ドストレート。アリガトウゴジャイマス」
「……来た」
「む、来たか奴が!」
 そして、遂に来たのである。十枚ヒレの怪物が――。

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「「おぉ……」」
 珍しく声が重なった。それも仕方ないものとご理解頂きたい。
 シーラカンスである。かの有名な古代魚である。三億五千万年も姿が変わっていないという、敬意を払っても払いきれない程の大先輩である。
「これは……剥製か。ふむ」
「すごいすごい! おっきいね! ヒレもいっぱいだ!」
 片や冷静に、片や着物の袖を振り回しながらの大興奮である。
 シーラカンス(学名: Coelacanthiformes)はシーラカンス目の総称であり、現在まで生き残っている深海のシーラカンスはLatimeriaと言う。シーラカンス目の生物は太古の昔には様々な場所に生息していたのだが、環境の変化と共に絶滅してしまった。しかし深海は環境がほぼ変わらないため、こうしてこの種のみが生き残っている。
 このシーラカンスが発見される前には、シーラカンスは現地では「食えない魚」と言われていたらしい。これは水族館職員の方からの受け売りであるが、なんでもこの魚、味のない歯ブラシのような触感らしい。マズそうだ。
「だが興味はある」
「んむ、知的好奇心。マズイと聞くとどれだけマズイのか確かめたくなるねぇ」
 しかし学術的に認知されて以来、シーラカンスには懸賞金が掛けられたそうな。もちろん研究の為にサンプルが必要だったから。それで、シーラカンスは「食えない魚」から「幸せを呼ぶ魚」と言われているそうな。
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 こちらは冷凍シーラカンス。なんかもう、凄い。凄いよネ!
「泳いでいる姿は映像でしか見れないのが残念だ」
「まー、ワシントン条約がねー。仕方ない仕方ない」
 大きく溜息を吐いた護君だったが、これはきっと感動によるものだろう。これだけ大きい溜息はこれまで聞いた事が無い。私も何か胸の内に詰まってきた感情を吐き出したくなってきた。
「うううぅぅ……しんかーい!! 良いぞー!!」
「迷惑」
「ごめんなさい」

 これで大方は終了である。だが、終了ではない。矛盾しているようで実は矛盾してない。何? 面倒くさいって? まぁまぁ、そういうテンションなのです。
「さぁさ、お土産だー!」
 何を隠そう、私はグッズが大好きだ。深海生物のグッズとなるとそれはもうテンションが上がりすぎて髪の毛が逆立つレベルである。
「うへへー、何が良いかなぁ。何が良いかな! ねね!?」
「……僕はこれ」
「はっや!? 何々?」
 護君が手にしているものを覗き込む。 

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 シーラカンスの模型であった。
「おお、なんだろうもちもち気持ちいい……可愛いね!」
「うむ」
「でも高くないの? 結構大きいよ?」
「1750円」
「あらお買い得~。良いね良いね、お部屋に飾りましょう!」
 護君はほんの僅かに顔を上に向けた。これは知っているぞ、誇ってる時の仕草! うむむ、私も良いのを見つけないと。
 色々探して、度々Lサイズのシーラカンスやダイオウグソクムシ、ラブカの人形に惹かれながらも、私はある一つのお土産を見定めた。

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「湯呑!!」
「ふむ」
「ほらほら、グソクちゃんもシーラカンスもラブカもいるもん! 良いこと尽くめだね! えへへ、今度これ持って零さんのとこ行こう~」
 満足の行く買い物ができた。さて、これで一周である。ん、一周ですよ? 当然もう一周するに決まってるじゃないですか。しないでどうする! 二周目はもっとじっくりじっくり回るんですー。
「飯」
「そうだねー、行こう行こうー」
 時刻はお昼時、そろそろお腹もすいてきている。水族館を出れば、周りにはこれでもかと言うほどに食べ物屋が並んでいる。新鮮な魚介を使った店の数々。その中でも深海丼や、深海魚バーガーなんかには目を惹かれた。沼津に来て深海魚を食べないのはあり得ない!
「いっくぞー! メギス! アブラボウズ!! キンメダイ!!! シーラカンスウウゥ!!!!」
「シーラカンスは無い」
「じゃあ他ので! ユメカサゴにー、サクラエビにー、あぁもういっぱい食べよう!」
「……行くか」
「おうともさー!」
 無愛想な無彩色と珍妙な眼帯和服が二人。沼津港の散策はまだまだ続くのだ。

 おしまい。 

 オチの無い話ですねぇ……。リアル話を小説の登場人物に代行してやってもらっただけです。
 なおこの小旅行、私一人で行ってますので。別に私はリア充じゃないですよ? まぁ楽しんで頂けたら幸いです。沼津港深海水族館、本当良かったので皆さんも是非行ってみて下さい~。

 ではー。 

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