小説:鍋

知里弥生の無気力日和
※この小説はフィクションです。

 非常に重大な事態になった。四人の人間が机を囲んで各々表情を歪めている。

「……どうしてこうなったのよ」
「いや、うん。何かごめん」
「うあー、どうしようどうしよう!? このままじゃいかんとですよー!?」
「カカッ、これはどうしたものかのぅ」
 狭い部屋だ。四人が入るだけで殆どすし詰めのような状態の中、主に落胆の感情が溢れている。一部どこか楽しそうにしているが。
 知里弥生は、多少怒りを含んだ様子で溜息を吐いた。
 黒無陣矢は、自身の準備の不十分さを呪った。
 天谷紗香は、慌てふためいて大騒ぎした。
 三好零は、さも面白げに周囲を眺めていた。
「取り敢えず、買ってこないと」
「もう二十二時だぞ」
「こ、コンビニ! コンビニにはあるかも!!」
「そんな事するよりも、台所のじゃだめなのかの?」
「炬燵から出るのは論外」
 鎮まりゆく湯気を眺めながら言い合いを続ける。水掛け論で中央の熱源が徐々に冷えていくようだ。
 見かねた零は、やれやれといった風に手を出した。
「しかたないのぅ。ほれ、籤引きじゃ。怨みっこ無しにしようぞ」
「……仕方ないね」
「お、おう」
「よ、よーし。私の運を信じるよっ!」
 零の手にはいつの間にか、四本の串のようなものが握られていた。零はにやにやと周りを一巡し、口を開く。
「さて、誰から行くかの?」
「全員で一斉に行こう」
「い、異論無し」
「よっし、これだっ!」
 全員が串を掴んだ。お互いに目配せし、それを一斉に引き抜く。
 一瞬、静寂が部屋を支配した。
「……カカッ、当たりかの」
「よし行って来い零。十分以内な」
「やれやれ、老体をもっと労わるのじゃ。まぁ良い、籤は絶対じゃからの、行ってくるぞ」
「零さん気を付けてねー!」
 先端が赤く塗られた串を引き当てた零は、腰をぽんぽんと叩きながら立ち上がった。そしてそのまま玄関から外へと出ていく。
「……なぁ、零さんってお金もってるの?」
「「あ」」
 陣矢の小さな疑問に、弥生と紗香の声がはもった。
「ね、ねぇ、流石にお金もってないってことはないよね……? ね……?」
「いや、見たことない。飲みに行った時も全部奢ってるし。沙娜が」
「れ、零さん待ってえええええええええ!?」
 紗香が大慌てで夜の帳に飛び出していく。勢いが激しすぎて扉が二、三度跳ね返った。
「慌ただしい」
「は、はは……あ、これ」
 陣矢が拾い上げたのは、ガマ口の財布。
「「…………」」
 長い沈黙の後、冷たく一言。
「行け」
「……はい」
 とぼとぼと、力無く歩き出したのは陣矢。もうどうにでもなれという感じに。
 部屋に一人残された弥生は、改めて机の上に目をやった。そしてカチカチと摘みを操作する。
 カセットコンロの火は、点かない。完全に冷えてしまった鍋が、火の通りかけの豚肉を抱えて悲しみに暮れている。
「……あ、中華麺買ってないじゃないこれ」
 そして、気付いた。気付いてしまった。鍋の〆には中華麺を入れて食べる習わしになっていたのだが、それが無い事に。連絡しようと電話をすると、すぐ近くで着信音が鳴り出した。
「…………行くか」
 コートを着込んで、寒そうにして外に出る。今年の冬は一段と冷え込んでいる。
 コンビニへ向かう道の先を見れば、そこには何やら騒がしく歩く一団が見えた。随分ともたもたしているようである。主に零が。零はどうやら弥生に気付いたようで、この光景を予期していたかのように笑った――ように見えた。
「やれやれ」
 参ったと言いたげに頭を垂れ、弥生は少し早足で歩き出した。

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